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あれから1年経ちました・・・
2009/01/04(Sun)
先代犬の「ジャブ」が虹の橋を渡って、今日でちょうど1年になります。
私達夫婦に「犬との生活」を教えてくれたジャブ。
今日はジャブとの思い出に浸りたいと思います。

今から13年前。 結婚まもない私達は念願だった犬を飼うため犬種を検討していました。
当時流行りはミニチュアダックスフンド(今も人気ありますよね)。
ところが!うちのパパときたら「人と同じのはちょっと、なあ」ってことで当然ダックスもなし。
で、白羽の矢がたったのはWコーギー・ペンブローク。 
私「へっ? 何すか?その犬は?」
パ「いや、同じ胴長短足で、こっちはそんなに有名でもないし」

今のように人気犬種ではなく、「午○の紅茶」のCMが流れるずぅーと前でして。
当然実物は見たことない。ていうかそもそも売ってない(笑)
でも本で知る限りでは「人懐こくて頭もよく愛らしい」・・・まさにウチ向き。
今のようにインターネットが普及している訳でなく、電話帳で調べたペットショップを
ローラー作戦のように渡り歩くこと数十件。

彼女はそこにいたんです。 町の小さなペットショップに!
一緒にいた兄弟は既に新しい家族に引き取られ、一人ぼっちでブースで寝ていました。
私達が見たいというと、店員さんがおもむろにブースをドンドンと叩いて起こし抱かせてくれました。
生後50日の初コーギー。 かわいい!
でも・・・ 本で見たコーギーは鼻の周りが白くて、背中にも白があって。 この仔は違う。
でも、今日は生コーギーを見れただけで収穫だね♪ 
私がそう言おうとパパの顔を見ると、目が既にハート。「え、連れて帰りますが何か?」と。

こうして彼女は思いがけずして我が家の一員となったのでした。

当時共働きで日中留守にしなければならない環境下でのしつけは、それはそれは大変でした(涙)。
トイレはなかなか覚えない、帰宅するとウ○チまれ、
甘噛みがひどくカーテンやスリッパはボロボロ。
電話やインターフォンが鳴るとワンワン吠えまくるし。

でも、かわいいんですよ。部屋の中をチョロチョロ走り回って、遊ぼっ!遊ぼ!って。
1歳を迎える頃にはしつけもマスターし、命令も理解するようになってきました。
休みの日には近くの河原で走らせたり、一緒にドライブに連れて行ったり。
病院にお世話になったのは、はしゃぎすぎて爪を割った時位でとにかく丈夫でした。

一つ失敗した事と言えば、仔犬の頃他の犬との接触が少なかった為に、最期まで犬の友達ができなかった事かな・・・・。

長男B、次男Pが家族の一員になった時もやさしく見守っていたジャブ。
私が育児に疲れ八つ当たりしてしまった時、寂しそうに見つめていたジャブ。
ジャブがいて当たり前の生活に慣れてしまって、ジャブに甘えてしまっていたのかもしれない。
ジャブが老いていくのも見てみぬふりだったのかもしれない。

12歳の誕生日を過ぎた頃から、あんなに大好きだった散歩を嫌がるように。
その頃から病魔はジャブの体を蝕んでいたのかもしれません。

初冬には、それまで10㎏弱あった体重が6㎏近くまで減り、小柄なジャブがますます小さくなりました。
食事は人間の食べ物を与えても、気が向いた時にしか食べず。
お医者さんからは「何でも好きな物を、思う存分食べさせてあげてください」と言われました。
嘔吐、下痢の回数も日増しに増え、何度深夜病院に駆け込んだか分かりません。

2007年大晦日。ほとんど寝たきりで食欲のなくなったジャブに人間用のローストビーフをあげました。
美味しそうにムシャムシャ食べていました。
それが最期の食事になるなんて・・・・

1月3日朝。 
いつも通り、皆がリビングに集まると ジャブは大きな息を2回吐き、
少し落ち着いたかに見えたその瞬間、そのまま私の腕の中で息を引き取りました。
最期は安らかな寝顔でした。
12年8ヶ月29日の生涯でした。

早いもので1年が経ちました。
私達のもとには二代目・パールが既に来ています(その経緯はまた改めて)。
でもねえ…ジャブ、私達は貴方のことを一生忘れないよ。楽しい時間を本当にありがとう。


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